革ジャン⇔スーツ

毒は持っていません。毒と感じるのはあなたの感性。

心という曖昧なもの

お久しブリーフ。スピリチュアル伝道師わべでございます。今回は心について私なりの解釈を述べていきたいと思います。

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言わずと知れたはてなの女帝かんどーさんがTwitterでこんな発言をされていました。


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お、おう…。基本的に人の事なんてどうでもいいので好きにすりゃ良いじゃんと思うのですが、優しくない発言や主張が私はあまり好きではないので思う事をつらつらと書いていきましょう。

実は私もバンドなるものをやっておりまして、パートはギター、ジャンルはヘヴィメタルとパンクが合わさったようなもの。まぁ知らない人が聴くとただの雑音ですね。うるさいだけです。ええ。

それでも私は心を込めてギターを弾いているわけです。愛とか恋とか希望とかいうような曲を演奏している訳では無いので心を込めるなんてナンセンスだと思われがちですが、私はギターやベース、ドラムやその他楽器にも「思いは音に乗る」と本気で思っているわけです。頭おかしいでしょ?私は本気です。

怒りであったり絶望であったり死であったりと、あらゆる負の感情を心の中で爆発させながらいつもライブでギターを弾いているのです。見た目それはそれはもう汚いのは言うまでもありません。涎を垂らしながら喉が潰れて血が出るほど大声を出し、白目と黒目が反転するほど目を剥き、そしてもっと鳴れとギターを睨みつけながら弾いているのです。

私は昔からテクニックや楽曲の良さよりも、その思いや心をどれだけステージから客席に押し寄せることが出来るか、で見てる人をこちら側に引き寄せられるかどうかが決まると思っているのです。上手いに越したことはない。しかし上手いだけでは響かない。

「アイツド下手だけどヤベエなwww」「何かスゲエ」などはこれに含まれると思います。これまで何百何千というバンドを見てきましたけど、上手い「だけ」のバンドほどつまらんものはありません。「その思いやその心」と「テクニックや楽曲」が揃って、そういう人達がプロになるんだよなぁと思ってまして。

我々は今更プロなんて目指してませんけど来てくれたお客さんにはやはり楽しんでもらいたいので全力でその思いを音に乗せたいし、スタジオ練習で積み重ねたメンバー同士のタイム感とかうねりのようなものを感じて頂けるとこれ幸いであります。

全てはわざわざ見に来てくれたお客さんの為。そして私の音は私にしか出せないんだという思いで日々ギターを弾いているわけであります。そんなこんなでこの発言を目にしたわけですが、まぁ別に音楽のスタンスは人それぞれなのでやりたいようにやりゃ良いと思うのですが、優しくないなぁと思ったわけですよ。

「歌詞は書ける人に書いてもらえば良い」とか「心を込めて歌う必要はない」とかは失礼じゃないですか。歌詞書いてる人にもわざわざ見に来てくれてるお客さんにも。歌詞書いてる人もそこに「思い」はあるだろうし作品は可愛いでしょう。歌を聴きに来る人もお金と時間使って「いやw 心なんて込める必要ないっしょww」的な歌を聴かされるわけですから。やる方も聴く方もそれで良いならそれで良いんでしょうけど。

心を込めてますと言いながら心を込めてない人もいるだろうし上手く伝わらない人もいるだろうし偉そうな事を言ってる私も何も伝わってないかもしれない。まぁでもやはり本気でちゃんとやろうとする姿勢は大事にしたいし、そこは音楽をやる上で重要な部分だと私は思うわけですよ。ジャンルとか上手い下手は関係ないです。

「うわ、この人何かすげぇな」と聴いた側が思うのって、やはり音と心が繋がってる人が出す「何か」ではないか、と私は思います。そしてこれは音楽だけじゃなくて、会話も仕事もブログや文章、料理と全てに当てはまる話だと思います。

誰かを振り向かせたいなら、誰かと何かを共有したいのなら、そこに心を込めるのが誠意ではないか、と私は思うわけです。