世の中全ての人の幸せなんて別に私は願ってない
その大きな「想い」が優しさなのであれば、私は優しくなんかない。しかしながら目の前で誰かが困っていればちゃんと手を差し伸べるし、私に顔が見えている人については、私で良ければとお手伝いをするし幸せになって欲しいと思う。
でもまずは最優先で家族を幸せにしたいし友人を幸せにしたいし私の知り合いを幸せにしたい。私が近くにいる事で得をして欲しいし面白いと笑って欲しい。騙されても構わないと私が思う人に騙されてもダメージなど無い。
私はただ闇雲にみんなを幸せになどと宗教家みたいな事は私は言わないしインターネッツで文句を垂れ流すだけで世界が変わるとは思ってない。やりたい奴はやれば良いけどそんな発言に興味なんて無いし私は私が実際何かをする事で何かを得てその何かを周囲に還元する事が楽しいしその輪が広がれば良いなぁとは思っている。
そもそも大した学歴も目を見張る技術も知識も何も無い私に出来ることなどたかが知れている。ではそんな私に何が出来るのかを考えてなるべく多くの知らない人に会いたいし、多くの人とただ私はバカ笑いしたいだけなのである。
日々インターネッツを眺めていると不器用に生きる人達を多く見かける。もっと我儘に生きれば良いのにと思うのだ。もっと図々しく、もっと自分勝手に。しかしながらそれには条件がある。我々大人は「やる事」を「やらなきゃいけない」のだ。やる事をちゃんとやっていれば誰も文句を言うまい。
ではやる事とは何だ。人それぞれやる事、やらなきゃいけない事なんて違うだろうし「これ」というものなんて無いのかもしれない。でも「やってる」人は「やってる」んだ。「やってるであろう人」は周囲に必ずいるはずで、分からなければ観察すれば良いし聞けば良いんだ。必ず教えてくれる。
私は存在するのかどうかも分からない人達の運命に興味などない。それに関わって目の前の「やらなきゃいけない事」が疎かになるのであれば問答無用で排除する。私はやる事をやってまず自分や自分の周囲を幸せにする事に力を使うのだ。その力を増幅させるのは他でもない、人なのだ。
あれ?私は結局、誰かのために「やる」のか。また何言ってるか自分で分かんなくなってきたな。ま、いっか。
あ、あけおめ。