亡霊の戯言

どんな理由があれど悪は悪。価値観?知るかそんなもん。

派閥とかテリトリーとかにあまり興味が無い

若い頃から派閥とか集合体に私はあまり興味がない。

友達が誰々の事嫌いだから俺も近寄らないとか、あのバンドはあのグループだから話さないとかそういう類の、よく分からない人間関係の動き方をしていなかった。だから友人やバンドでは結構幅広い人脈を持つことが出来た。

友人はオタクからナンパ野郎、ヤンキーやDQN、堅い職業からアングラまで、バンドに関してはパンクだけではなくロックンロールからヘヴィメタルヴィジュアル系まで仲の良い奴がいた。

今の仕事でも同じである。会社やそこの社長は嫌いだけどそこの社員とは仲がいいとか、対立している会社の両方と仲がいいなんてのはザラである。もちろん派閥で分かれている人達が大半である。そこであっち行ってゲラゲラ笑い、こっち行ってグヒャヒャと笑っているのは私だけである。

そうしながら周りの人達を見ていると、横の繋がりのない会社や人間は必ず情報が偏っている。当たり前だ。お互いに情報を隠しあっているんだもの。自分達で視野を狭くしている。これは気付かずにやっているのではなく、気付いているのに派閥や人間関係に縛られ囚われて動けないのである。

そこにあっちこっちでウロウロしてヘラヘラしている私は重宝がられるのは言うまでもない。決して情報を漏らしているわけではない。お互いに必要な話はしといた方が良いんじゃないの?的な場合の「繋ぎ」で呼ばれるのだ。誤った情報や既に決定した事項などで自社のロスをなるべく減らしたい場合の「繋ぎ」が多い。そして最新の情報が私にいつも来るという美味しい話なのだ。

ここのブログやTwitterも同じである。「誰と誰が繋がってるか」は私はどうでもいい。「私は誰と繋がりたいか」であり「私は誰と話したいか」であり「私は誰に会いたいのか」でしかない。会いたいと言われれば尚更である。断る理由は何も無い。となると情報量は数倍・数十倍となるわけだ。別に情報が欲しくてブログやTwitterをやっているわけではないが。

私の思うここインターネッツの楽しい点は「何かを知れる」という事だけだ。その情報や人間関係を派閥などで遮断する必要は私には無い。誰かといるから私から離れるというなら、離れてもらっても構わない。それで最終的に一人となるなら私の魅力などそこまでなのだ。楽しい場所を楽しい場所としてあり続けるには自分自身の動き方が左右する。

「最悪一人」を覚悟しながら、私は好きな人を増やしていくのである。

 

ずっと一人だけど。