亡霊の戯言

どんな理由があれど悪は悪。価値観?知るかそんなもん。

寂しいと思ったことがただの一度もない

寂しいという感情が私には無い。一人で全く問題ない。そうやって言う人は本当の一人になったこと無いからだろと言われた事があるが、若い頃、10代の時に事情があって結構な独りになった事がある。しかしそんな事は本当は些細な出来事で、もしかしたら心を引き裂くような孤独、なんて味わった事が無いのかもしれない。しかし今まで生きてきた中で「寂しい」と思った事が無いというのは、紛れもない事実である。

私は「寂しさ ≒ 不安」であると考えていて、私は不安に思うことが殆ど何も無い。自信満々な嫌な奴と取られても仕方が無いが、ニュアンスが少し違う。どんな事が起ころうが「何とかなる」と思っているのだ。超ポジティブ。例え明日会社が倒産して数億の借金が出来て身の回り全てがボロボロになったとしても「何とかなる」と思っているし「何とかする」と思っている。これは所謂「お金」だったり「仕事」だったりの話である。

今までの生活、今の生活の殆どが「仕事」で占められているから、多分私に不安は無いし寂しさも感じないんだろう。私の思う理屈でいくと多少の寂しさはどんなものでも払拭出来る。現状の不安材料を細かく拾い上げて出来る範囲で解消してやれば良い。解決出来ない問題なんて無いと基本的に、本当にそう思っている。どうだ羨ましい程のバカだろう。ふはは。

このポジティブ思考はどこから来てるんだろうか。私は堕ちるところまで堕ちたら自分はどうなるんだろうといつも想像している。マグロ漁船か。誰かに殺されるのか。内蔵の売買か。戸籍を売り飛ばすホームレスか。なんだそんなものか。

 

「じゃあその環境で上手くやってやろう」

 

理想と現実をごっちゃにすることなんて無い。フリーターだろうがホームレスだろうが儲けてる奴ってのはどこの環境でも必ず近くにいるもんだ。私の友人でホームレス経験者ってのが結構いて、先日その当時の話を聞きながら盛り上がった。壮絶で悲惨で苦しいはずのその話を聞いて「オモロそうやなw」と言えば「オモロかったでw」と返ってくる。そいつの中ではホームレスの話はネタでしかない。

堕ちるところなんてたかが知れてるんだから恐れる事など何もない。私は堕ちることよりも諦めてしまう事の方が恐い。もうダメだなと思った瞬間、「私」が終わるんだろうなと思っている。もうダメかもしれないなぁという手前までは何度も経験したが、その都度周りの人達に私は助けられてきた。だから私も、誰かに「大丈夫だ」と手を差し伸べたい。

私は寂しいなんて思ったことがない。誰かに優しくしてもらったら誰かに優しくすれば良いのだ。ひょっとしてひょっとしたら、その輪が勝手に拡がっていけば私は「堕ちない」んじゃないか、と思ったという話。私が諦めなければ堕ちない。誰かに優しくしてれば堕ちない。堕ちなければ多分、寂しくなんかない。

 

頭髪の量は、かなり寂しい。