亡霊の戯言

どんな理由があれど悪は悪。価値観?知るかそんなもん。

ニートになんてなれなかった

昨今よく聞くニート。ふとニートって何だろと思ったのでググってみた。その意味は「15歳から34歳までの、家事・通学・就学をせず、職業訓練も受けていない者」とある。なるほど。凡そ想像していたものと一致した。そして思った。私はニートになどなれなかったなと。上記ニート条件を満たすには「実家」にいないといけない。学校にも行かず仕事もしないなら収入が無い。という事は必然的に実家に居座る事になる。この時点で私はNoを突きつけるだろう。我々の世代で果たしてこのニートと呼ばれる人達が数多くいたのかどうかは私は知らないが、今のように当たり前に表面化するほどはいなかったのではないかと思っている。それは何故か。我々の世代で「一人部屋」なるプライベーツが護られる孤高のスペースを持つ猛者が少なかったからである。私も例に漏れない。セピア色の少年時代、あの時を思い起こすと大体どの家庭も兄弟が多く二人部屋、三人部屋が主であり、二段ベッドが必ず友人の部屋にはあったし私の家にもあった。一人部屋なんてものは夢のまた夢、のび太ですらドラえもんが部屋に居座ると我々のそのプライベーツは無いに等しいものであった。スネちゃまのような金持ちは当然のように一人部屋であったがそんな金持ちはクラスに数人、その他大勢は大体兄貴か弟と同じ部屋で日々の生活を送りそれが当たり前であった。我々悪ガキは兄貴と一緒の部屋の友人の家に行き、よくエロ本を捜索したものである。それはまるで世界共通で定められた事のようにベッドと布団の間に隠されており、デラべっぴん・スコラ・デラべっぴん・スコラ・ザ・ベストと綺麗に並べられていた。そういった少年時代、中学・高校時代を過ごした我々は、早く実家を出たかったのである。当たり前だ。オナニーひとつ取っても我々は命懸けだったのだ。一人暮らしを切望し、願い、そして今か今かとそのタイミングを見計らっていた。その理由は自立などという一見偉そうで生意気な事を親にプレゼンしつつも、真意は自由なエロビデオ・エロ本の閲覧、女を家に連れ込みたいという煩悩のみであった。周囲を見渡しても「一人暮らし = 自立 = エロ」これが殆どであったように思う。しかしながら今はどうだ。子供にもプライベーツは必要だと完全個室を親が用意し、三食昼寝付きとなればそこから出る理由が見つからない。三大欲と言われる性欲・食欲・睡眠欲がその実家の一人部屋で完璧にゲッツ出来てしまうのだ。修行中の僧侶でもこんな部屋に入れられたら煩悩だらけになるのは必至である。ウチの子供はまだ小さいが、これから大きくなるにつれ「我にもプライベーツを!!!」とシュプレヒコールをあげるだろう。しかし私は「家族じゃないかそんな寂しい事言うなよ」と生暖かい目でその話をけむに巻き、プライベーツが欲しいなら「ねだるな!勝ち取れ!」と言わんばかりに、完全なプライベーツは与えないようにしようと思っている。親父がいつ入ってくるか分からない空間しかない実家。それが彼らの自立を促すのではないかと密かに思っているのである。アーメン。