革ジャン⇔スーツ

毒は持っていません。毒と感じるのはあなたの感性。

蜘蛛

私が東京でゴソゴソと活動するようになって何年くらいになるだろうか。考えてみると新宿のボロいマンスリーマンションで約1年、秋葉原で1年と、併せて2年経つか経たないかくらいではないだろうか。東京をウロウロするようになった当初は建物の高さと人の多さに戸惑い、会社の規模や活動的な層が大阪とは3ステージほど違うな、と思ったものである。毎日新しい人と名刺を交わし、私が何者であるかを表情豊かに、手振り身振りで説明をし、私がそばに居る事であなたの力がより強力なものになる、あなたの会社でより利益を出すことが出来ると、誰も触らないごく僅かな隙間に私のアイデアを流し込む。おかげさまでここ東京でも私の名前が少しだけ浸透するようになってきた。情報が集中する東京で名前が上がると地方からの依頼が増える。東北や中部地方からも声を掛けてもらえて有難い限りである。自分でも思う私の長所は「調子に乗らないこと」だ。初心を忘れずとまでは行かないが、強引な営業はせずとも私がしっかりと製品を理解し、相手が欲するものをしっかりと握ることが出来れば売ろうとせずとも買ってもらえるのだ。クレクレと自分が欲しいものだけを要求し、その強引さと分厚いツラの皮を自分の能力だと恥ずかしげもなくプレゼンするような輩は私の周りにはもういない。そう、順風満帆だ、と言いたいところではあるが、いかんせん忙しすぎる。「おで、だいじょうぶなの?」とバカみたいな喋り方をした私が脳内で独り言つ。秋葉原の部屋で缶ビールを空け、胃の中へ一気に流し込んだ後ベッドに横たわり、天井を見上げる。そこに一匹の蜘蛛。1cmくらいだろうか。そういえば何ヶ月か前にも見たな。私が現場に行って部屋に居ない日もコイツはここに居るんだろうな。ボーッとその蜘蛛を目で追っていると、天井、カーテン、掛け布団へと移動し、最後に私の足へピョンと飛び乗った。蜘蛛から見た私は何者なんだろうか。何者でもない。ただ大きくてゆっくりと動く生き物。警戒もせず私の足をちょこちょこと移動する蜘蛛。無機質な関係性がお互い心地よいので放っておこうか。私は蜘蛛のために何かが出来るだろうか、出来ねえわな、と思いながら手を近づけるとピョンとまたどこかに移動した。私とこの蜘蛛はただ相手がそこにいる、という認識だけをし、警戒するでも信頼するでもなくここに存在する。あの蜘蛛はいつまでいるのかなと思いながら私はポケモンGOのアプリを立ち上げ、まだギラティナに逃げられてイライラするのである。