革ジャン⇔スーツ

毒は持っていません。毒と感じるのはあなたの感性。

私の微笑みはあなたに向けたものではない

週の半分は東京、半分は大阪と日々の生活が変わり、自分ではあまり気にしていないがふとした時に疲れが出る。新幹線や電車に乗っていると急激な睡魔に襲われるのである。大阪にいる時より東京の方が比較的寝れているような気がするのだが、慣れない土地で慣れない人達と商売という駆け引きをやっているとやはり疲れるようだ。ビジネスのやり方や考え方が違うのもまたストレスになっているのだと思われる。

その日も静岡から東京に戻る道中であった。東京駅から新宿まで、いつもの中央線の快速に乗り込み、家路に着こうとしていた。いつもは満員に近いのだが、この日は降りる乗客が多く珍しく座れたのだ。ふぅ…と一息ついて上を向くように頭を窓に付けた。仕事が上手くいっているのかどうかで言うと上手くいっているのだと思う。しかしながら疲れてくるとこれが正解なのか、何が正解なのかと迷いが出るのも正直な気持ちであった。少し疲れたな…と目を閉じた。

眠っているのか、起きているのかが半々の、ふわふわとした不思議な感覚を感じながら、電車の音やアナウンスを聞いていた。東京の人達は電車内であまり喋らないのもその時の疲れた私には心地良かった。そして私は夢を見ていた。どんな夢なのかは今では思い出せない。楽しい夢。その夢で私は誰かと会っていたのかも知れないし面白い何かを見つけたのかも知れない。ふと笑みが溢れるようなそんな夢を見ていたのだ。現実と夢の間でその張り詰めた意識を押さえ込んでいた。

そして10数分の乗車時間が過ぎ、アナウンスが流れた。もうすぐ新宿に到着する。心地のいいこの夢も終わりだ。私はゆっくりと目を開けた。その瞬間違和感を覚えた。その違和感は周囲のものではない、明らかに私自身の違和感であった。何だこれはと考えながら、疲れた体を動かさずに目だけを動かして反対側の窓を見た。笑っている。私の顔が笑っている。私は寝ながら、多分ずっと笑っていたのだ。疲れたオッサンが電車で寝ながら顔が笑っているなど気持ち悪すぎるではないか。通報レベルである。わべちゃん何で笑ってんの?的な狂気である。

その瞬間向かいに座っているババアと目が合った。ヤバいと私は目を閉じた。顔の筋肉はそのままに、顔は笑いながらまた目を閉じたのだ。この時思った。何をしてるんだわべと。顔を早く戻せと。しかしこの時私は向かいのババアに「あのオッサン起きたのか?」と気付かれてはならないと訳の分からない事を思い「笑ったまま、そのまままだ寝ている方が吉」というやってはいけない判断をしてしまったのである。マズイ。いつこの顔を戻すんだ。どうするんだわべ。アナウンスが新宿に到着するぞと私を焦らせる。クソ!!!寝ながら笑いながら心の中で悪態をついた。俺は一体東京で何をしてるんだと。

その時私は思いついた。手にしているスマホを落とせと。それで目が覚めた振りをするんだ。わべ。やれ。私はスルリとスマホを落とした。ガタンとスマホが落ちる音がして私は目を開けた。ババアがこちらを見ている。否、ババアだけではない。スマホを落とす音で皆がこちらを見た。私の顔は相変わらず笑っている。私は諦めた。そうだ。ここは東京だ。狂人が普通を装い、そして何かの拍子にその狂った何かが顔を出す。私は狂っているんだと狂気を受け止め、笑いながら電車を降りる。

ドア付近でババアとまた目が合う。ババアはニコッと私に笑いかけた。私は思った。まだもうちょっと頑張るよババアと。そして恥ずかしいからあまりこっちを見ないでくれよと、私もババアに、はにかんだ。