革ジャン⇔スーツ

毒は持っていません。毒と感じるのはあなたの感性。

鏡の中の老人

「わべさん別にハゲてないじゃん」

人に会うといつも言われるわけだが、バンドマンというクズの極みであった私の若い頃というのは、ご自慢のサラサラヘアーを腰まで伸ばし、洗髪はいつもティモテ洗い、トリートメンツなどをしてふんわり良い香りを髪からさせていた頃もあるし、ドレッドにしたこともあるし白に近い金髪だった頃もあった。その髪をかき上げる為に触れればコシのある髪がふんだんに、鬱蒼と茂っていた。今はどうだろうか。風呂に入った後の自身の髪を見れば一目瞭然。奥さんには「あれ?ハゲてない?」などと言われ、眠りにつけば夢に石立鉄男が登場し「お前はどこのワカメじゃ!」とわかめラーメンを両手に追いかけられる夢でうなされて起きるほどである。要するに若い頃に髪を虐めすぎていた。いつまでもあると思うな親と髪。

幸い私には「別に少ないってほどではないよね?」と人に思わせる程度の髪を盛る技術があるため、ワックスやジェル、スプレーなどで盛ってようやく人前に出られるといった寸法である。私ぐらいのプロの薄毛になるとセグレタなんて信用しない。よって、ゆきずりの女性とお洒落なバーで良いイキフンになってお泊まり、なんて事は以ての外だ。翌朝誰だか分からない薄毛のオッサンが隣に寝ていようものならガラスの灰皿で撲殺されるのは目に見えている。私の生死に関わるので一夜のアバンチュールなんかを夢見てはいけない。そもそも私は酒が飲めないからバーには行かない。Barberには行く。薄毛で髪が伸びると余計に貧相、そして盛るのがめんどくさいのだ。ポイントは前髪をどれだけ立ち上げる事が出来るか、であるわけだが前髪が伸びた状態で立ち上げると京本正樹のような髪型になる。顔は丸顔のゴリラで髪型は京本正樹。地獄である。

そんなこんなで先日いつも行っているBarberで私専属のハサミの魔術師(推定90歳)にカットをお願いした。「いつもの」でオーダーは通るのだが、現在現場でヘルメットを被る機会が多く、今回は「短めで」というオーダーをした。どこをどう短めなのか、という事を確認せず御年90歳のジジイは震える手でハサミを操り、シャクシャクと髪を切り始める。細かいオーダーをしたい私は「おいジイさん」と話しかけるわけだが、耳が遠くて聞こえないのか変なオーダーされたらめんどくさいから聞こえないフリをしているのかは不明だが返事をしない。「短めで」のオーダーは聞こえるのに何で今は聞こえないんだと普通の人間は思うはずだが私はもう慣れている。好きにしてくれ。ジイサンの思うようにしてくれ。寝るとしよう。

バンバンと肩を叩かれて合わせ鏡を見せられた。後ろはこんな感じで良いか?と言わんばかりに何も言わない。良いかもクソもアンタ俺のオーダー聞かねえじゃねえかと思いつつも、刈り上げになってないだけマシだと「OK」の形を指で作った。ジイサンは満足そうだった。ドライヤーで髪を乾かす時に私はジイサンに問うた。

「俺の髪は薄いか?」

「おぉん…まだ…大丈夫ちゃうか…」

「そうか。これからまだ薄なることあるんか?」

「アホか。普通は今から薄なるんやろ。アンタの年ぐらいから」

「そうか…。何かトニックとかやった方がええか?」

「せやな。アンタらみんなせやけどな、みんなハゲてから慌てて何かしようとすんねん。無くなったから一生懸命やっても生えて来えへんで。やるんやったら辛うじてある今や。今あるその髪の毛大事にせえ。」

私は眼から鱗が落ちた。なるほど。言われてみればそうだな。私はオススメはあるかとジイサンに問うた。ある、と。棚からガサゴソと取り出した育毛剤を手に「15000円や」と言った。高すぎやしないかクソジジイと思いながらも、私の目から鱗を落とした張本人、ハサミの魔術師が言うなら仕方あるまい。私は鏡を背に言ったよ。「それ貰うよ」と。ジジイはニヤリとして「頑張りや」とだけ言って私からお金をふんだくった。会計を散髪椅子で済ませ、ブローを終えた私は立ち上がってジジイに礼を言った。また来るよと。次はフサフサになってるかもな!と思いながらふと鏡でブローしたての整髪料をつけていない自分の髪型を確認した。前髪が揃っている。私は帰り際ジジイに言った。

 

「これはもう薄毛とかそんなん関係なしでイジリー岡田みたいな髪型やな。」

 

ジジイは返事をしなかった。どうやら耳が遠くて聞こえないようだ。私は静かにBarberの扉を閉めた。