亡霊の戯言

どんな理由があれど悪は悪。価値観?知るかそんなもん。

関西人がよく言う「知らんけど」の投げっぱなしジャーマン感及びジャイアントスイング感はハンパない

と言ってる私も関西人である。癖みたいなもんだ。どんなに真面目で理論的で論理的で且つ緻密な計算が垣間見える論調で正確なデータなどを見せていても、最後に「知らんけど」を付けると私のその言葉と責任から思いっきり手が離れるという魔法の言葉である。こんなに便利な言葉が標準語にあるだろうか。否、無い。使い方としては、よく知らないけどちょっと知ってる、え?お前それちがくね?俺こう思ってんだけど?みたいな時にその「ちょっと知ってる」を随所に盛り込みながら8割知ったかぶりを決め込んで最後に「知らんけど」をブッ込むと会話の投げっぱなしジャーマンが完成する。関東人などは「んじゃそのちょっと知ってる2割だけ言えば良いじゃん」などと思うだろうが、関西人はそうはいかないのだ。まず関西人は全く持って意味もなく「なんでやねん⤴」からその会話に突入する。この切り口で、他の人間がキャッチボールをしているところにドッジボールを投げ込むという戦法に出るわけだ。そのドッジボールを投げ込んだところで「ちょっと知ってる2割」だけ言って引っ込むなどという醜態を見せるわけにはいかない。ではいきなり意味もなくドッジボールを投げるなというような野暮な事は言わないでくれ。このドッジボールに値する関西人の「なんでやねん⤴」はもう条件反射みたいなものなのだ。メトロノームの音を聞いて涎を垂らす犬のように、アホセンサーに引っかかった言葉を聞くと何の脈絡もなくいきなり口が「なんでやねん⤴」と脳の指令などを受けずとも叫びだす。他人の会話にいきなりドッジボールを投げつけバトンを奪うのである。さぁどうする。どうする俺。先ほど述べたように、こんなに派手に割って入って「ちょっと知ってる2割」で引き返せるだろうか。無理である。ふと相手の顔を見るとどうだ「お、コイツなんかオモロい事言いよるな。ちゃんとオチもあるんやろなぁ?何も無かったら許さへんでぇ?...ヒヒヒ」とほくそ笑んでいる。クソッ...何で俺はこんなよく分からん会話に「なんでやねん⤴」などと割って入ってしまったのだ。しかしながらもう遅い。コイツらはもう舞台から降りてオーディエンスと化している。よし見てろよ。ここからは俺の独り舞台だ。失敗は許されねぇ。ジッちゃんの名にかけて!!!と9割の嘘を準備するのである。この間僅か0.05秒。まずはカマシで大きな枕を用意し、そこから少しづつ真実をおりまぜながら嘘と見栄を機関銃のようにぶっ放す!!!オラ!!!どうだ!!!このぶっ放している最中も無ではダメだ。最後のオチをその間に用意しなければいけない。心配するな。大オチでなくとも問題ない。話が小さく纏まったか?まぁ最悪纏まらなくても良いよ。アレがあるじゃないか。

 

知らんけど。

 

決まったな...。全部帳消しだ。全部だ。全て無しだ。台無しだ。アイツらの顔見てみろよ。思いっきり投げてやっただろ?それで良い。それで良いんだよ。こんなもん思いっきり投げないと意味が無い。そうだろ?俺は意味もなく割って入って9割の嘘を言って1割の真実を伝えようとしてたんだ。伝わるわけないだろ?じゃぁ投げろ。全部だ。全部「知らんけど」で投げるんだよ。躊躇するんじゃねえぞ。思いっきり投げることに意味があるんだ。この気持ち良さはやった人間にしか分からねえ。関西人だけじゃ勿体ねえよ。遠慮すんな関東人。お前らも使え。こないだこれを使ってる関東人を見てニヤリとしたよ。友達いなくなっても俺のせいにすんじゃねえぞ。これは諸刃の剣だ。会話は破壊だ。全てぶち壊せ。健闘を祈る。