革ジャン⇔スーツ

毒は持っていません。毒と感じるのはあなたの感性。

私が懐石やコース料理を好む理由

何のことは無い。食事の時間配分がこちらではなく店主導で行われるから、というだけである。別に高級がどうのやら何かをひけらかしているわけではない。食事の時間が大体2時間と決まっているからだ。終わりの時間にデザートが勝手に運ばれてくる。これが「この食事はもう終わりですよ~」というサインである。知った仲であれば客側が注文する店でも問題無いが、相手が取引先やお客さん若しくは初めて食事をする女性とかであれば私も相手もコースや懐石が好ましいと思っている。一旦区切れると「相手が」帰りやすいからである。私がデリカシーの無いくだらない話ばかりする男であれば相手が可哀想だ。ダラダラと終わりの見えない食事ほど辛いものはない。一旦終わればその次どうするか決めればいい。帰りたければ帰れば良いし次行きたければ次に行けば良い。帰りたいのに帰れない状況は地獄である。「デュフ...デュフフ...」などと気持ちの悪い笑みを浮かべながら、ボロボロ食べ物を口から溢しながら、脂汗をこれでもかとまき散らしながら食事をする私。時間を区切る、相手が帰ると切り出すタイミングを作るというのはそんな私に付き合ってくれている相手へのせめてもの配慮である。勘違いするから早く私から逃げてくれ。そんなこんなでやはりこの手の食事は金がかかるので、取引先相手だと経費だと割り切って気にしないが女性相手だと私はあまり顔を出さない。ボロボロと口から食べ物を溢すのを見せるのも申し訳ない。冷たいとか素っ気ないとよく言われるがそういうわけでもない。タイミングもあるだろうしそういう機会があるのは私は「縁」だと思っているので、無理に調整したり相手にしつこく連絡したりはしない。「たまたま」会うのは「たまたま」なんでしょうけどそれは偶然であって必然なんだと私は思っているわけですよ。会うべくして会ってるんだと。縁を考えるとすごく不思議で面白い。出会いも食事も、相手をちゃんと思いながら私自身が動ければな、と食べ物を口からボロボロこぼしながら、鼻から麺を出しながらいつも思うのです。